2012年03月05日

後援会総会/市議会報告会

IMG_0751.jpgIMG_0722.jpg 前島会長.jpg

去る2月11日、上郷公民館において「井坪 隆市議会報告会、後援会総会」が開催されました。

 市議会報告会では、市民の声が活きるまちを目指した議会改革への思いと、市政が向き合う政策の課題について、リニア・三遠南信道、高齢化社会とゴミ処理問題について、参集いただいたみなさんに、情熱を持って語り掛けました。
 続く総会では、本年の事業と組織強化について提案があり了承されました。

 第2部では、新春講演として菱田春草没後100年を記念し「春草、その魅力を語る」と題する、飯田市美術博物館学芸員の小島 淳氏による講演会行われました。(主催:春草の生誕地の整備を願う市民会議)郷土の生んだ偉人の足跡をあらためて知ると共に、絵の見方、生い立ちについて学ぶ良い機会となり、「初めて春草という人の人生を知った」「描いた絵は、朦朧体だけではないことを知った」などと、講演を聞いた皆さんからは好評の声をいただきました。

 そして第3部は新年懇親会。お互いの交流の場として大いに盛り上がりました。

 およそ150名の参加を得て、年々盛会となることに感謝し、あらためて皆さんに御礼申し上げます。
 
 【事務局 山下 記】
posted by 井坪隆 at 01:13| 飯田下伊那はひとつ

2012年01月01日

謹賀新年

新年 明けましておめでとうございます
旧年中は 更新もままならなかったブログにお付き合いいただきありがとうございました
本年も 変わらずよろしくお願い申し上げます


  晴れ  希望の花を咲かせよう 

我々は、今どこにいるのか。
ここからどこに行きたいのか。
どうやってそこに行きたいのか。
我々は地図を持っているのか。
我々は振り出しに戻ってやり直すべきなのか。
(ミスター・ビーンが演ずる、劇中の架空の政治家による演説より/イギリス)

  大震災、不況、政治不信。
「今」を、あらためて考えさせられるこのごろです。
 国でも県でもなく、生まれついたこの地で根を張って生きる政治は、
政策を競い合うのではなく、
考え抜かれた民意をいかに敏感に政治に反映させるか、
にかかってています。
 
「今」に、少しでも希望の花が咲きますようにと願い、
がんばってまいります。
 
本年の皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。

 平成24年 1
 
飯田市議会議員

           坪    

posted by 井坪隆 at 08:08| 飯田下伊那はひとつ

2011年08月04日

「日経グローカル」8月号に掲載

 このたび、日本経済新聞社 産業地域研究所が発行する「日経グローカル」8月1日号に、小生の拙文が掲載されました。
 項目は「奮闘 地方議員」と題するコーナーです。わずか2ページですが、ご購読の上ご笑覧ください。
 
 内容は、自治基本条例の制定への経過と、小生の議会改革に対する思いを述べております。
 
 初稿では、やや情緒的な文であったために、時系列に経過を報告し、私の関わりや考え方を記しました。
 
 どうぞ、ご批評お寄せ下さい。
posted by 井坪隆 at 00:15| 飯田下伊那はひとつ

2011年07月11日

井坪 隆後援会 「女性の集い」開催

DSCN0057.JPGDSCN0071.JPG 
        吉川女性部長 ごあいさつ                     「対談」 元SBC飯田放送局長 久保田くに子さんと


 去る7月9日に、後援会の「女性の集い」が開催されました。すでに猛暑となったこの日、エアコンの効いた上郷公民館大ホールには、上郷地区を中心に、120名余のみなさんにお集まりいただきました。
 議会報告のあとアトラクションとして、第1部は、元SBC飯田放送局長の久保田くに子さんをお迎えして、「旅と私と人生」と題して対談を行いました。
 第2部は、「楽器あそび」と題して、私が打楽器の数々を紹介、演奏披露し、会場のみなさんにも演奏体験をしていただき、楽器の魅力を味わっていただきました。引き続いて、北条民謡友の会、黒田仲よしクラブのみなさんによる踊りの演舞があり、好評でした。
 
 開催にあたって、役員、各支部の連絡員のみなさん、そして会場にお越しいただいた全てのみなさんに感謝申し上げます。
posted by 井坪隆 at 06:26| 飯田下伊那はひとつ

2011年05月21日

議会の新しい構成が決まりました

 飯田市議会は、本年度から、任期4年間の後半となります。
 そこで、2年ごとに行われる議会人事の組み替えが行われ、去る5月13日開催の臨時議会で決まりました。
 私の新しい所属は以下の通りです。なお、会派の役職は引き続き幹事長をつとめます。

 リニア対策特別委員会 副委員長
   
(注目のリニアの推進に関する議論を行います)
 総務文教委員会     委員
   
(財政、企画など市政の基本的な部門や教育、消防関係を扱います)
 産業経済委員会     委員
 
   (産業振興、林務に関する部門を扱います)
 議会だより編集委員会  委員
 
   (議会の広報を担います)
 広域連合議会       議員
 
   (飯田下伊那全体を扱う、南信州広域連合議会に参画します)

 前半の2年間は主に、議会運営委員長として飯田市議会初の「議会報告会」を一昨年から開催しました。2年前の市議会議員選挙で「外に出る議会」を公約に掲げたことが実現でき、議会をはじめ多くの関係者に感謝します。 
 後半は、引き続き議会改革を推進すると共に、広域連合において、より実効性を持つための組織の改革や真に飯田下伊那が一つになるようにがんばってまいります。
 2年間、よろしくお願いします。

posted by 井坪隆 at 05:50| 飯田下伊那はひとつ

2011年04月12日

謹んで震災のお見舞いを申し上げます

 このたびの東日本大地震、ならびに長野県北部の地震により被災されました皆様や被災者に関係する皆様に、心からのお見舞いを申し上げます。皆様の安全と一刻も早い復興を心からお祈り申し上げます。
 また、東京電力福島第1原子力発電所の事故により避難された皆様や事故の影響を受けられた皆様に、心からのお見舞いを申し上げ、早期の事態解決を願ってやみません。
posted by 井坪隆 at 08:45| 飯田下伊那はひとつ

2011年03月16日

ドクターヘリ 飯田に配備ならず。県へ要望。


県知事へ要望書提出
 
県知事へ要望

県議会へ要請書提出
県議会”事務局職員”に要望


南信州広域連合議会議員と知事、県議
県知事、連合議会議員、県議


県庁での対応、それぞれ
 

 長野県知事は、佐久地方に続いて2機目のドクターヘリコプターの配備を、松本の信州大学に決定しました。
 道路事情、地形などから、緊急時の患者の搬送に難をきす飯田下伊那地方とすると、当地域への2機目の「ドクターヘリ配備」への希望は強いものがありました。しかも、全県的なバランスから見て、ドクターヘリ、防災ヘリのない当地域への配備は当然ともいえます。加えて、配備を希望する地域(病院)によるプレゼンテ−ションも、客観的に見て飯田市立病院のものが優れていた、との情報もあります。
 しかし結果は信州大学へ配備することに決まり、当地域の落胆は大きなものがあります。
 そこで、南信州広域連合議会は、ドクターヘリの配備を強く求める「医療体制の充実」の要望を、知事、及び県議会議長に直接届けることとし、さる3月7日、県へ向かいました。
 午前9時から会見した県知事からは「ドクターヘリの配備を検討するとともに、今後の医療体制の充実を図ることを約束する」と話がありました。

 次に、県議会議長を訪ねました。しかし、議長には会えず。「連絡は取ったつもりだが・・」とある県議。しかたなく県議会事務局職員へ、県知事と同内容の要請書を提出。その間、来客用の椅子には県議が座り込み、訪問した連合議会議員の一部の議員は、来客用の椅子に座ることができずパイプ椅子へ。
 同席の地元県議は4人。一人は、遅れて同席。(議会の都合とか)
 そして県議からは、「信大に決まる経緯が不透明。県側の決定経過がおかしい(内容要約)」と、要望に訪問した我々に説明。
 これに対して我々からは「そんな釈明や話を聞きに来たのではない!要望を真摯に受け止めてほしい!もうちょっと県議として、みんながんばってもらわないと困る!」と厳しい発言がありました。

 広域連合議会の今回の要望は、まさに不公平と言わざるを得ない結果に対して、今後、県としてそれなりの対応を求めて、直接出向いたものです。
 
 朝、4時起きして雪の降る中を3時間かけて長野県庁に行き、県知事からはそれなりの感触は得たものの、要請書を渡すはずの県議会議長には会えず、はたまた不本意な発言・・・と、その対応に激怒し、帰りの車中では不満が多く聞かれました。

 日頃、「地元とのパイプ役」「地域の声を県に届ける」と、時代遅れとも取れる、よく耳にする公約で有権者に訴える姿から見えた現実は、上記のようなものです。
 「北高南低」「官高民低」は、もしかすると、県議の意識そのものかもしれません。県議という存在、その意義をあらためて考えた、長野県庁からの帰り道でした。
 
これからの日本、「市町村が第1の政府」を目指し、市議会議員として、そして広域連合の皆さんと共に、歩んでまいります。
posted by 井坪隆 at 18:23| 飯田下伊那はひとつ

2011年02月11日

井坪 隆後援会 新年役員総会 開催                          「新春対談」 動画配信中!!

去る2月6日、飯田市上郷公民館において、「市議会報告会 ・ 後援会 新年役員総会」を開催いたしました。
立春は過ぎたとはいえ、まだ寒い中、150名の皆さんにお集まりいただき、盛大に開催できましたことをご報告申し上げますと共に、御礼申し上げます。

 新年会は第1部、第2部の構成で、第1部は、「新春対談 リニアに時代に向けて」と題して、ゲストに、前商工会議所会頭 宮島八束さんをお迎えし、コーディネーターの羽場睦美さんの進行のもとで、宮島さん、羽場さん、そして井坪の3人による対談形式で行われました。
 宮島さんは、会頭就任後に気運が急速に高まったリニア中央新幹線の運動に関わっての経験談や裏話をお聞かせいただき、大変興味深いものでした。さらに宮島さんは飯田駅の設置場所について、自説として、長野県の飯田駅であるとして、慎重な選択を提案されました。
 また、羽場さんからは、ご自身のドイツへの視察の体験からの駅設置の場所は中心市街地が適当との考えを示すと同時に、リニア開通後の飯田下伊那のビジョンも語られました。
 一方、私は、飯田青年会議所時代の運動を契機に、市議会の会派での視察を中心に、自身のリニアとの関わりをお話し、駅設置については、現飯田駅の構内を示しながら具体的に説明し、現駅への併設の可能性とその理由を説明いたしました。
 ステージの背景には、対談の内容に沿ったスクリーンがプロジェクターで映し出され、地図や現飯田駅の写真が集まった皆さんの興味を引いていました。
 会場の皆さんからは、「リニアの計画がはっきり判った」「話を聴いて、リニアが飯田を走り駅ができることが初めて具体的にイメージできた」などの声が寄せられました。

 これまでの議会報告会・新年会は、本人の報告と続くセレモニーで行われてきましたが、今回、役員・事務局の新たな企画で、テーマを決めた「新春対談」を行った結果、テーマが今話題のリニアであったこと、経済界の代表の宮島さん、まちづくりの専門家の羽場さんの。それぞれの高いご見識がよりリニアを身近なものに感じることができ、お集まりいただいた皆さんからはおおむねご好評であったかと受け止めています。
こちらのリンクをクリックしてください、動画がご覧になれます。

   第2部は、新年会の懇親会として、お集 
まりいただいた皆さんの交流の場となりました。

 年内には、女性を対象とした後援会の事業が計画されていることも幹事長から報告があり、今後とも、皆様のご参加をお待ちいたしております。 
posted by 井坪隆 at 09:10| 飯田下伊那はひとつ

2010年12月31日

新年 あけましておめでとうございます

NHKの大河ドラマ「龍馬伝」が、昨年末、好評のうちに放送を終えました。

ドラマの影響もあって龍馬ブームに火がつき・燃えた一年であったと言えます。
龍馬といえば幕末維新。その幕末維新の、この伊那谷においては、国学者であった平田篤胤(あつたね)の没後門人による、明治維新の思想的支柱となった国学運動が盛んだったことが、つとに有名であります。
 
長野県史によれば、平田篤胤(あつたね)の没後門人の数は、全国で3,800人を超え、そのうち信濃は635人で全国一。なかでも伊那郡、つまり伊那谷は387人で、全国の一割の門人がおり、圧倒的に多いとされています。当地方は、全国的に見ても国学運動の一大中心地であったのであります。

幕末維新期に、この伊那谷の多くの先人たちが、平田派国学を真剣に追求した同門の士として、座光寺の庄屋・北原稲雄、山本出身で豊丘に嫁だ(とついだ)松尾多勢子などがリーダー的な存在であったことは、余りにも有名です。
 
私は、当時の平田派国学や尊皇攘夷運動の理論的根拠について全く無知ではありますが、徳川幕府体制から近代天皇国家への変革に影響を及ぼした伊那谷の先人たちには、大きなエネルギーを感じます。


 今まさに、平成維新とも称される、明治以来の官僚制度のはびこった時代からの変革の真っ只中にあるわが国と、その国にあっての、新しい社会の幕開けを待つ飯田下伊那を重ね合わせて考え、「日本の新しい進路のモデルになる」ための、何かを探して参りたいと、そんな思いに駆り立てられる気がいたしております。

そうした未来を考えるモデルこそが「リニアに翻弄されないまちづくり」であり、身近にあっては、住んでいる地域で、いかに活き活きと安心して暮らすか、であると考えています。


 新しい時代のこの国の中心は、国でもなく県でもなく、中央でもなく、まさしく私たちが住んでいるこの「市町村」なのであります。その「市町村」に、そのまた住んでいる地域に、私たちが“深く根を張って生きていく”という社会を、そして日本を創らなければなりません。


 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
posted by 井坪隆 at 17:01| 飯田下伊那はひとつ

2010年12月20日

お詫びと決意

井坪 隆のホームページにお越しくださり、ありがとうございます。

 本年度、春先に更新して以来、全くの手付かずのホームページに、
各方面からご指摘をいただいております。誠に申し訳ございません。
 「暑い夏だが、HPは春でいいなあ」
「お彼岸が過ぎた。そろそろHPの更新をされては」などと
厳しいご意見を頂戴し、ありがたく思っております。

 理由にはなりませんが、今年の3月の父の逝去以来、心が癒されず、
議会活動のご報告という大切な活動に向き合うことなく年末を迎えてしまいました。
この間の活動状況は、とりあえず、所属いたしております
「会派みらい」のホームページにてご覧いただければ幸いでございます。

 年改まり、心機一転でがんばってまいりたいと思いますので、
何卒「井坪隆」ホームページをご愛顧くださいますようお願い申し上げます。

 皆様の新年がよい年でありますよう祈念申し上げます。

 平成22年12月20日 井坪 隆
posted by 井坪隆 at 11:58| 飯田下伊那はひとつ